長崎 浩 著 エスエル出版会(1984.1.16)
けれどもそれからじきに、全共闘運動がはじまった。『叛乱論』はこれにたいする私の政治論の最初の応答だったが、右のような経緯からして、私はこの「大衆反乱」を「近代にたいする反乱」ととらえることになった。資本主義の階級社会というより、近代世界の大衆のあり方のうちに、ラジカルな反乱の基底を据えようとしたのである。ポツダム組織という形をとった戦後市民の存在様式は、したがって、より古典マルクス主義的な階級対立にとって代られたのではない。むしろ近代世界における大衆の存在様式そのものの問題が、ラジカリズムの背景に顕在化しているのだと私は考えた。
こうして、「戦後」の後の近代世界とそこにおける大衆の存在様式、そしてそこから発する大衆のラジカリズムというトリアーデが、私の政治論のいわば存在論的なベースとなった。
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