今、私であるということ
『情況』(2008年10月)

いま、私であるということ
長崎 浩
その一 個人主義の現在
貧しい主体性
先に私は「情勢分析」と称してこの四半世紀の世界の診断を試みたが、その後半の部分を「いま、私であるということ」の分析に割く結果となった。私であること、つまり主体性のあり方が、かつてアダム・スミスが思い描いたような古典的な市場社会の場合と比較してすら、ずいぶんと違ったものであることに私は注目した。スミスの分析に与えられた個人は、「損得勘定にもとづいて世話を交換する」ような独立不羈で抜け目のない商人であり、産業人であった。この意味で社会的に対他存在であることが初めから個人の定義をなしていた。このような個人が利己心にもとづいて自由に自己の幸福を追求するのが市場社会であった。それがいまでは、民主主義と自由主義の世界的な勝利が謳われながらも、自由な個人は産業人とは別の何かである。わが国の場合では、第二次世界大戦の後に形成された諸集団(労働組合、農協、学生自治会など)の一員であることが個人の主体性であったが、大衆消費社会の浸透とともに戦後集団は解体され、階層の外に放り出された個人もまたただの大衆として存在するようになった。「階層に属する」という古典的な市場社会の定義をもたないという意味で、しかも主として政治行動の観点から見て、私は大衆の在り方を「貧しい」主体性と呼んだ。一九六八年に象徴される全世界的な若者の叛乱は貧しい主体性の噴出に他ならない。貧しい主体性の叛乱は従来の階級闘争にはない暴力的で性的なエネルギーを解放した半面で、連合赤軍やオウム真理教団などコミューン集団の病理現象をも解禁する契機になった。
大衆の貧しい主体性という私の診断は、しかしながら、今日では後ろ向きの見方でしかないことを私は承知していた。私の著書でいえば『革命の問いとマルクス主義』(一九八二年)に書いたことの繰り返しである。これは六八年の大衆叛乱を起点とした見方であって、二一世紀の社会の現状から見る視点を欠いている。もはや、大衆叛乱もその負の帰結も、この社会ではリアリティーをもっていないのだから、配慮自体が見当はずれになるだろう。今日の社会での個人の在り方から出発して、私はむしろ古典的な市場社会の主体性とこれを対比してみたいと考えた。市場社会はばらばらのアトムから構成されているといわれる。個人はこの社会では「孤人」だと評する人もいる。(大庭健『いま、働くということ』、ちくま新書、二〇〇八年) しかしこれは逆ではないか。「孤人」は今日の社会の個人であって、市場社会の古典的イメージはこれに比べるならユートピアとすら見えるのである。ユートピアの原像を今日に対比しようという趣旨で、今回、私はアダム・スミスの『道徳感情論』にまで立ち戻ることになった(本章の「その二」)。
一方、私は先の「情勢分析」の後半を「セラピーの時代」と題している。クライアントがセラピストの前で自己を語る。語りはとめどなく、そこに「共約不可能な」私が語り出される。社会のドミナント・ストーリーと対抗できるのは、いまやこのように他者と取り換え不可能な個人だといわれるのである。称してバイオポリティックスと呼ばれる。バイオとは個人の生物学的意味である。権力の介入も権力に対抗する権利要求も、個的な身体バイオにおいて行われる。政治がバイオにまで微分されることが、セラピーにおける共約不可能な私に対応するだろう。これが個人の在り方の現在だとすれば、私も私と世話を交換する他者も、おしなべてセラピーのクライアントと同じである。「セラピーの時代」。貧しい主体性の叛乱を、かつて私も「第ゼロの自然」の叛乱と呼んだことがある。バイオとしての自己とは、第二の自然としての社会的な自己(階級)の解体から生まれ、それでいて動物そのもの(第一の自然)に回帰できるわけもないのだから、バイオとしての自然は「第ゼロの自然」とでも呼ぶしかないであろう「自然への飢餓」である。
「情勢分析」の後半を「セラピーの時代」と呼んだとき、恥ずかしながら私はベラーたちアメリカ社会学者の著書『心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ』(一九八五年、島薗進・中村圭志訳、みすず書房)が「セラピー文化」を扱っているのを知らなかった。著者たちは白人中産階級の人びとにインタビューを重ねて、そこから、アメリカ文化の四つの伝統の今日的範型を抽出した。四つの伝統とは、政治における共和主義、宗教における聖書主義、それに功利的個人主義と表現的個人主義と呼ばれる。このうち表現的個人主義とは、もともと功利的な自己に対抗したロマン主義に見られたものだが、個人は独自の自己表現と自己実現の核をもつという信念だという。表現的個人主義の今日的パターンが、ベラーたちにいわせれば「セラピー文化」に他ならない。私は遅まきながら次の節で『心の習慣』を取り上げる。とりわけ、セラピー文化における「セラピー的自己」の分析は、私のいうセラピー時代に重なってくる。そして思いがけず、セラピストにたいするクライアントとしての私(たち)の在り方が、遠くアダム・スミスの『道徳感情論』における私の一つの範型につながるのを発見することになるであろう。
飛び地の中の私
「経営管理者(マネージャー)とセラピスト― 二〇世紀のアメリカ文化の輪郭は、概ねこの二者の存在によって定義される。」(54頁) アメリカの個人主義の現在を診断した著書、『心の習慣』(一九八五年)の著者たちがこのように書いている。マネージャーはともかくとして、ここにセラピストが登場するのは少々意表を突かれた感じがする。わが国では「セラピー文化」と呼べるような現象が存在するようには見えないからだ。とはいえ、アメリカのセラピー文化を分析する著者たちの関心は、わが国の個人主義の現在を診断する上でも十分に刺激的だと私は受けった。
経営管理者は上昇志向をもつ中産階級にとっては、アメリカ的成功の夢の象徴である。官僚組織を駆使して市場における企業の地位を引き上げるのが経営管理者の仕事である。「彼の役割は、彼の管理下にある者たちを説得し、鼓舞し、操作し、甘言で釣り、脅して、彼の属する組織の成績をある達成基準にまで上げることである。」このようにして、彼らの仕事は絶え間ないストレスにさらされている。彼らの行動は、アメリカ(白人)文化の一つの伝統である「功利的個人主義」を受け継ぐものではあるが、それがいまや文化の他の伝統から切り離されて、企業内の関心と人間関係にのみ緊縛されて彼らを駆り立てている。これがベラーたち『心の習慣』の診断である。経営管理者にもむろん家族、友人、地域共同体、あるいは宗教での生活があるのだが、これらと組織体での生活との切断がますます著しいものになっている。「田舎の生活を偲ばせる緑豊かな郊外の環境から、産業と科学技術の支配する環境へ通勤する」ことが象徴するように、両者は根本的に不連続になってきた。組織内での功利的個人主義に対抗して、個人が独自の自己実現と自己表現を持とうとすること、すなわち「表現的個人主義」もまたアメリカ文化の伝統に属するのだが、これら二通りの個人主義の裂け目が広がっている。実際、表現的個人主義のほうも伝統的な共同体へのコミットメントから離れて、それ自身が「ライフスタイルの飛び地」として内閉している。
ライフスタイルの飛び地というのは、私生活上の特定のライフスタイルや余暇活動を共有する人びとの集団である。彼らは「相互依存的ではなく、政治的に行動を共にすることもなく、歴史を共有することもなく」、それだけに一層伝統的な共同体とのつながりを断った飛び地(enclave)をなしている。わが国の若者文化でいえば、気に入った者どうしが一時的にフィーリングを共有して盛り上がることができる―それが暗黙の決まりとして相互了解されている―集まりということになろう。飛び地は他のライフスタイル集団から自らを区別するものであると同時に、仕事の人間関係から離れた自己表現の場として、自分の中の飛び地でもあろう。
さて、ビジネスでの成功が第一とされる社会で、個人は成功に比例して深まるストレスを飛び地の仲間内で束の間に発散する。これがアメリカの個人主義の現在だとしたら、アメリカ文化の他の伝統である政治と宗教の生活から、個人はいまますます離れていこうとしている。『心の習慣』がこう判断するのもうなずける。かつてトックヴィルが注意したように、政治の共和主義的伝統と宗教生活の重視がとりわけアメリカでは際立っていた。市民は地域共同体における政治的あるいは宗教的活動に喜んで参加するとともに、この活動を通じて何が公共の善であるかの倫理的な感覚を養うことができる。自分の行動と生活をいつも公共善の観点から反省し調整することが、アメリカ人の個人主義に欠けてはならない徳性だとされてきたではないか。それがいまでは、個人主義が極端に走るとともに、功利の追求と自己表現とが乖離してしまっている。功利はますます計算づくになり、自己表現は公共の回路を通ることなしに狭いサークルに自閉している。今日のアメリカ文化は、「個々人の自己を大きな脈略に関係させるという課題に文化的・個人的エネルギーを振り向けようとはしない。むしろそれは、生活の特殊な一区画を自足的な小世界とするようにと私たちを執拗に駆り立てる。」(58頁) この小世界に自足するこの私とは、いまや誰であろうか。『心の習慣』から聞き取れるのはこうした問いである。
小世界に自足した自己実現は、たんに公共善という課題から切断されているだけではあるまい。切り離された自己実現の努力が露呈するのは、むしろ自己実現の不可能性という逆説であろう。今日のアメリカ人は「自己の理想を家族、宗教、仕事から切り離し、生活の他の局面では欠けている自己表現を見出すために、ライフスタイルの飛び地を探し求めている」(89頁)といわれるが、飛び地の内部での自己表現は鏡の前の演技に終わるはずである。自己表現には本来他者という鏡が必要である。ところが飛び地の内部では、人びとは「自分の好みこそが真の自己の定義なのだ」と思っている。そして、好みの一致という約束こそが飛び地を飛び地たらしめている。であれば、私が見出し交際する他者とは、そこでは実は私自身に他ならない。自己の鏡像の無限循環があるだけであって、他者はついには発見されない。自分であることの不安は解消できない。他者において自己を発見するという自己実現の試みは、初めから挫折するようにできている。それがライフスタイルの飛び地であろう。
アメリカだけのことではあるまい。もともと市場社会は伝統的な共同体の解体の中から生まれたものだとはいえ、透明なアトムを構成員とするフラットな社会だったのではない。社会は三大階級からなるとアダム・スミスは考えた。個人はそれぞれが利己心に従って行動し、お互いに損得勘定にもとづいて世話を交換する。しかしおのずと、そこに階級ごとの行動様式と自己確認が成立し、これを前提にして社会の道徳的な絆も生まれる。個人は社会の道徳規則を「神の代理人」と見立てて、このもとに自己の行為を判定し調整すべきものとされた。私はただの私ではなく、それぞれの階級ごとに何者かである。家族や友人の中で「誰か」であるだけでなく、社会において「何か」に属する者として存在した。アダム・スミスが市場社会の個人として思い描いたようなこの私に比べて、『心の習慣』が描く人びとの自己がたんに異なっているだけではない。後者の自己が求める幸福、むしろその孤独と神経症から見るならば、古典的な市場社会はむしろユートピアのように思えるのである。市場社会といえばいまではしばしば悪の象徴として描かれ、市場社会の人間関係を嫌悪する人も多い。市場社会が良きものかどうか、好ましい社会と思うかどうか、それは問わない。人生の「平静さと楽しみ」とが幸福だとスミス自身は考えたが、好き嫌いは別として、いまやこの幸福がほとんどユートピアに思えるのである。
セラピー的自己
さて、経営管理者とともに、今日のアメリカ文化を定義するのはセラピストだと『心の習慣』はいう。ビジネスで絶えず見失いがちな自己を訪ねて、人びとはセラピストを尋ねる。そこにいまやセラピー文化ともいうべき行動様式が根付いており、この文化のもとで私はセラピー的自己として存在する。
セラピーは顧客とセラピストによる社会から隔絶した対面関係であり、しかも、両者は本来的に非対称の関係にある。二人の間の距離が破られることはない。一方はこの道の専門家であり、決められた時間内のサービスの売買(契約的人間関係)であることは、初めから両者に了解されている。しかし非対称性はそれだけではない。普通は、顧客だけが一方的に自分のことをしゃべる。この自己表現の鏡の役割がセラピストである。セラピストはライフスタイルの飛び地に集う仲間の一人(実は自己自身)ではないから、ためつすがめつセラピストという鏡の中に自分を見つめれば、自己像の修正や調整さらに新たな自己の発見にいたるかもしれない。自分が誰であるかを知るには本来的に他者との関係を必要とするが、セラピーでは、他者をセラピストと見立てて他者を買うということであろうか。
セラピー的な人間関係はマネージャーのそれに似ていると、『心の習慣』の著者たちがいっている。マネージャーだけでなく人はみな、「休む間もなく意識を張りつめ、自己と他者の感情をたえず走査(スキャン)すると同時に、変動するコストと利益の収支計算からも片時も離れることがない」。(171頁) こんな生活のストレスにさらされていれば、自己はしばしば自身との齟齬をきたす。職場の人間関係から逃亡して自己なるものに内閉したいと思い悩むことも起こるだろう。セラピーでは顧客はセラピストに自分の気持ちと価値観を語ることを通じて問題点を見出し、再び自己を他者に開いていくべく自己の調整を図る。調整済みの自己を携えて戦場に帰っていく。「多様で、変化の急激な、しばしば過酷な他者とのやり取りをこなしていく」ための、いわば「訓練の場」にセラピーがなっている(149頁)。 セラピー的関係が「人間関係の範型」になる。かくて、セラピーがうまくいった場合には、クライアントの一人がこう語るような成果が得られるであろう。「おかげで私は鍛えられましたよ。憂鬱でも不安でもどんな感情に襲われたときでも、自分の感情をずっと良く処理できるようになりました。対人関係の処理もうまくなりました。セラピーは個人的にも仕事の上でも私の役に立っています。」(150頁) こうなれば、セラピー的自己とは自分を管理すること、自己のガヴァナンスだということになるだろう。現代的な競争社会においては、自己だけに準拠して自己を管理支配するという危うい課題が不断に必要とされている。経営管理者気質を護持する一方で、ライフスタイルの飛び地で気の置けない自己表現を求める自己分裂を、セラピー文化は克服せずかえって強化することになる。『心の習慣』の著者たちはこういっているようである。
セラピー文化には、しかしながら、自己実現に関するもう少し根本的な特徴が見いだせる。セラピーは私とセラピストとの二元的で、非対称の関係である。私は話しつつ感情を表現して、その意味をセラピストの応答のうちに発見する。セラピストとて一人の他者であり、私の話にたいするその「同感」の身振りを返してくる。私のほうはセラピストの是認や否認あるいはコメントを鏡として、私の自己表現の意味を解釈し調整していく。これは私が自分を知ることの原初的な関係である。セラピーの場合は他者は専門家だから、いわば戦略的に応答を返して、私の自己の表現と調整を助けてくれるであろう。この限りでは、幼児が親との関係で自己を形成、再形成する過程に似ている。
セラピーが親子関係でないのはむろんのことだが、似たような非対称性がこの関係にはある。私は自分のことを訴え、話すのはもっぱら私であり、セラピストは自己を語らない。治療や介護の関係ではこうした関係の非対称性は避けられないが、それがいまや文化の範型であるといわれる。セラピーの外、日常生活での私と他者との二元的関係では、関係は容易に逆転して、自分のことを語るのは今度は彼のほうだということが起こる。そして、私と彼との二元的関係は、私と多数の他者たちとの多元的関係に拡張される。だがセラピーでは、定義上こうした関係の逆転や拡張は起こらない。非対称の関係が終始維持されるのだから、この関係自体がもっと広く社会的関係に転化していくことが初めから断たれている。そうだとすれば、セラピー関係で私が発見するのは終始この私であって、他者がここに発見されることはついに起こらないであろう。むろん、セラピーにおいて自己を調整して仕事に戻れば、そこには緊張に満ちた対人関係が待っている。私はセラピーで訓練した通りに、他人にたいして自分をオープンにして他人のいうことによく耳を傾けようとするだろう。一見、開かれた自他の関係がスタートするように見える。だが、セラピー関係が文化の範型であるような社会では、自他の関係は結局「私にとっての」他者との関係であって、この関係は逆転もしなければ拡張もしない。売り子とお客の関係にこれは似ているが、いまやこの社会は、誰もが売り子でありまたお客であるようなサービス交換社会なのである。「セラピーはマン・ツー・マン的状況と、公共生活の大きな社会的スケールや官僚制的密度とのギャップを、橋渡しすることはできない」と、『心の習慣』は書いている(161頁)。
『心の習慣』が抽出したセラピー的自己とは、結局のところ、ストレスに満ちた人間関係の中で、圧倒的に自分に重心を置いた対他関係の非対称が凝固して、自己を自己に緊縛してしまう状態のことに思われる。私と他者との二元的関係は、『道徳感情論』が同感関係の記述の最初に設定した関係であるが、セラピー的自己ではこれがいわば無限循環してしまう。アダム・スミスの記述は、「孤独の暗黒」から抜け出して私を「社会に立たせよう」と要請するものだったが、セラピー的自己からは社会が見えない。私の在り方を「公共生活の大きな社会的スケール」に架橋できないと先に評された。橋渡しできるかどうかという同じ問題は、『道徳感情論』の記述では自他の二元的関係を社会にまで展開できるかどうかとして問われるであろう。
その二 感情交換社会の私
『道徳感情論』へ
古典の特権というべきか、『道徳感情論』は複数の主題が絡み合いそれぞれの記述も錯綜している。個々の文章が難しいわけでもなく、扱っている事柄も世間の常識的な現象に思えるのに、読む側の関心にもとづいて腑分けしていかないと論旨の理解が難しい。アダム・スミスの関心はおそらく第一に、情念論と名づけるべき分野にあったであろう。ストア派、次いでモラリストの人間観察が、人間の情念の不思議へと関心を掻き立てた。人間は理性的であるばかりか情念の人である。情念の人を観察し記述することがヒュームの情念論であり、ヒュームはスミスの親友だった。人は相手の喜びには心から同感するが、他人の悲しみをわがことと感じるのはつらいことだから、同感はほどほどにするものだ。スミスは終始こうした観察を書き込んでいく。次いで第二に、『道徳感情論』はたんに情念論でなく道徳感情の批評なのだから、感情発現にたいしてスミスの規範的な判断が下される。富と野心に駆り立てられるのでなく、徳と英知への平静な道が選ばれるべきである、と。とはいっても、『国富論』と同様に、特権的上層階級の振る舞い方をスミスはあけすけに非難してやまない。同情は明らかに生産的労働(industry)の階級におかれている。人類の大部分を占めるこの階級では、幸いなことに営利への道と徳への道が合致しているとスミスはいう。こうして全体として、自分の好みでありかつ社会の道徳規範としてスミスが推奨するのは、ストア派道徳のブルジョア版といった趣を呈するのである。
『道徳感情論』は第三の主題として、神や理性の命令ではなく、「自然的な自由と正義の体系」として道徳規範の成立を導こうとする。社会の道徳的絆の形成に関する「見えざる手」説明である。各人は利己心という人間本性に駆り立てられて営利と幸福を求めながらも、そこに見えざる手が働いておのずと自由と正義の体系が析出してくる。『国富論』ではこの体系が市場社会だとして、しかしどの社会も経済学だけで成り立つわけがない。市場社会はまた特有の道徳感情のシステムを持つはずである。道徳をも天下り的な倫理学体系として論じるのでなく、自然本性のいわば遍歴史として記述するスミスの方法が私を驚かした。『道徳感情論』の記述は錯綜していると私は思うが、とすれば単一の筋書きでこれを要約することはできそうにない。実際たとえば、堂目卓生の近著『アダム・スミス』(中公新書、二〇〇八年)は『道徳感情論』の手際よい要約になっているが、万遍なくこれを紹介したものとは違う。「同感する」私と他者との関係から始めて、これが社会の調和と繁栄を導く過程を追うことによって、要約に一つの筋を通している。『道徳感情論』に関する私の関心も、実のところこの筋書きにある。私自身以前、「同行する」私と他者との関係が政治的集団を形成する過程を「アジテーターの遍歴史」としてたどったことがある。私としてはこれも(『資本論』の価値形態論の論理を下敷きにした)見えざる手説明のつもりであった。むろん、スミスの見えざる手説明はこれとまるっきり同じとはいえないのだが、私は今回自分の手法であえてスミスの記述を(そして堂目によるその要約をも)組み直してみた。スミスの記述の錯綜に一つの道筋をつける仕方として、これが許されるものかどうか、大方の判断をまちたい。
『道徳感情論』を私の筋書きで要約してみて印象に残るのは、「いま、私であること」の意味とスミスの主体とのコントラストのことである。そこには今日とは違う私がいた。『ユートピア的資本主義』(ピエール・ロザンヴァン、国文社、1990年)が指摘したように、スミスの社会は今日から見てほとんどユートピアのように映るのである。市場社会の古典像について、好き嫌いあるいは正邪の判断は別として、私はそう思う。そうであれば、今日の社会に示唆することがあるに違いない。
(註)『道徳感情論』は水田洋訳(岩波文庫、2003年)を用いた。これは同書初版(1759年)を底本としており、その後の諸版で付加された文章も訳出されている。以下で引用は字義どおりに翻訳に従ってはいない。頁数は特に断らない限り岩波文庫(上巻)の頁で示す。
同感の交換
アダム・スミスの『道徳感情論』は次の有名な一文から書き始められている。「人間がどんなに利己的なものと想定されうるにしても、明らかに人間の本性の中には何か別の原理があり、これによって、人間は他人の運不運に関心を持ち、他人の幸福を、自分にとっても必要なものだと感じるのである。」利己心とは別の、この人間本性が「同感」(sympathy)と呼ばれた。
『道徳感情論』は同感の本性が発現するプリミティブな場面から記述を始めている。ここに、一人の人が満面に笑みを浮かべている、あるいは泣き崩れているとする。この人はいま特定の境遇に置かれており、わけあって笑いあるは泣いているのであろう。そしてここにもう一人、「他人の運不運に関心を持つ」人間つまりこの私がおり、私は他人を観察する立場に立っている。観察者私にたいして、他人である彼または彼女はその対象、運不運の当事者である(以下面倒なのでスミスにならってこの他人をたんに彼と呼ぶ)。では、こうして取り出した私と彼との二元的関係において、私が彼に同感するとはどういうことか。スミスによれば、私は彼の運不運の感情そのものを経験できないのだから、自分が彼と同様な境遇にあると想像して何を感じるかを心に思い描くよりほかに、同感の手立てはない。私は当事者の立場に身を置いてみて、私だったらこの場合どう感じるかを想像してみる。その時、想像上の私の感情と行為が当事者のものと一致するなら、彼の感情表現はこの場面で適切であるとしてその感情を私は是認する。両者の隔たりがはなはだしければ、他者の感情表現は不適切なものとしてこれを否認するだろう。私の是認が伝われば当事者は自分が認められたことを知って喜ぶであろうし、このように同感できたことが私にもうれしい。反対に、私の否認に接すれば、当事者は愉快ではないであろう。私もまた自分が彼の行為を是認できなかったことを残念に思う。このようにして、他人の立場に自分に映してみて、同じような感情を引き出そうとする。つまり彼の感情に入り込めるか、ついていけるか否か検討する。この心的能力が「同感」と呼ばれた。狭い意味では、与えられた状況で相手の感情が適切であると認め、かつこれを是認して相手の感情に私が入り込めることが同感である。そしてこの私とは、本性からして、他人に同感したいと願うものだ。
私と他者との以上の二元的関係は容易に逆に考えることができる。今度は他者彼が私の感情を観察する。私はむろん自分の感情が何を意味するかを知っている(と思っている)。けれども、観察者彼は私の感情を感情することができないのだから、かつての私のごとくに相手の身になってみて、想像上の自分の感情が私のものと一致するか否かを観察するであろう。この操作によって、観察者は私の感情や行為を適切あるいは不適切と判断して、これを是認したり否認したりするだろう。このようにして、関係は私から発する一方的な関係ではなく、同感は互換的であることが確認される。私と他者の関係は対称的だ。
同感という『道徳感情論』の記述の出発点は、一見するところでは結論が平明で常識的に了解可能に思われる。また、私と他人との「想像上の立場交換」として大変有名なところでもあるだろう。このまますんなりと受け入れて、スミスの記述のその先を追っていけばいい。けれども、スミスの「記述の始原」はこのままの形では納得しがたい。そう考えて、私自身は後にこの場面を組み直すことにしたいのだが、その前にこの段階でいくつか確認しておくべきことがある。
感情経験の意味
まず、ロックやヒュームなどイギリス経験論の共通認識であり、スミスもまた前提にしている通り、人間は他人の運不運に同感できるといっても、他人の感情を私は直接に経験することはできない。痛い痒いの感覚から幸福の感情にいたるまで、他人の感情を私は知覚できないからだ。それゆえ、他人の感情はこの私にとっては、他者の感情表出行為あるいは感情表現の私による知覚とその解釈(意味付け)であるほかない。もう一度最初の場面に戻ってみる。彼が幸せそうな表情をしている、仕草をしている、さらに場合によっては言葉に出して自分は幸福だと言表している。私が彼に見るのはこのような感情の表出行為である。スミスがしばしば感情を行為と言い換えているとおりだ。そして私は、彼の行為を想像上の私の感情と重ね合わせてみて、彼の感情表現が彼が置かれた境遇に照らして適切か不適切かを判断する。ここで適切(不適切)とはとりあえず価値判断抜きの彼我の一致(不一致)の知覚である。このようにして、私は彼の感情表現の意味を了解する。これにたいして、ここでは痛い痒いの感情ではなく「道徳感情」が問題になっているのだから、彼の適切な行為は私にとって規範的に是認され、あるいは不適切なら否認されるだろう。良しあし、あるいはすべきかすべきでないかの判断である。
だが、思うに、スミスはこの段階ですでに、幸福あるいは不幸などと感情にありふれたラベルを張っている。そうであれば、想像上の立場交換によって相手の行為の意味を知るといっても、言葉の性質からしてすでにそこに幸福や不幸の感情という公共的な了解と道徳的な意味が侵入してしまっている。他者による一つの感情表現を私がたとえば幸福感として解釈し判断することが、どうして同時に公共的な了解でありうるだろうか。まして社会の道徳規範としての意味をこの了解に込めることはいかにして可能か。確かに現実の社会では、他者の感情表出行為の意味は私の勝手な解釈によるのではない。運不運などありふれた感情であればこそ、私の是認(否認)は世間で一般に認定されている公共の了解であるはずだ。少なくとも、私と相手とが暮らす特定の文化領域では社会的に了解可能な感情表現の意味というものがある。だが、『道徳感情論』が全体として解明したいのは、まさしくこのような感情の意味了解の発生史のはずである。スミスとしては、同感という人間本性がそれこそ「見えざる手」に導かれて、社会の道徳規則を成立させる機微を追っていきたいのである。それゆえこの最初の段階では、たとえば幸福といってもとりあえずこれは他者の一つの感情表現の符丁である。世間の常識でもなければ、倫理の至高の目的として理性が掲げる言葉でもない。そのようなプリミティブなレベルから記述を始めて、義務や正義の感情にまで到達したい。いかにもこれがスミスに独特な方法であり、同時に他方で、『道徳感情論』の記述を錯綜させる要因にもなっている。
同じことは実は、相手の感情表現に接してこの私が心に描く感情の意味についてもいえる。なるほど、相手の感情とは違って、私は自分の心に去来する感情なるものをそれとして知覚できる。そう思っているのだが、しかし、この知覚の意味とは何であろうか。喜びとか悲しみとか知覚を名づけるのもまた、すでに私の社会的な解釈であることを免れることができない。であれば、私の感情なるものの意味の成立の起源こそが、問われなければならない。相手の感情の意味論ではなく、最初に問われるべきは実は相手に同感する私の感情の意味なのだ。感情の交換が同感の定義でなく、同感という人間本性が逆に感情を定義するはずである。そうでなければ、相手に私の感情を映してみるといっても、そもそも「私の感情」が何であるかがわからないことになるであろう。
そもそも、感情とは何であろうか。生理学あるいはこれに基礎をおく神経心理学では、感情はたんに主観的な現象でなく、一人ひとりの個人に宿る何かである。痛みの感情というものがあり、これには神経生理学的な物質過程が伴っている。喜びや悲しみも大脳の異なる部位の活動に対応している。最近の脳科学では画像処理が便利に使えるようになり、特定の感情には特定の脳活動があることが次々に発見されている。要するに、感情なるものがこの私に存在するのである。とすれば、同感とは、他者の行為が刺激となって発生する私の脳あるいは心の反応だということになる。私の脳活動の画像を見れば、感情が喜びであるか悲しみであるかの弁別ができるであろう。そして同じ場面で相手の脳画像を観察すれば、私の脳の活動部位との異同がわかるだろう。
けれども、刺激にたいするこの私の反応としての感情が、たとえば喜びという名を持つのはどうしてか。刺激にあらかじめ喜びとラベルづけしているからこそ、反応としての私の感情も喜びと呼ばれている。感情なるものはこうして完全にノミナルな存在、あえていえば言葉となる。大脳生理学の実物主義が感情という現象をかえって符丁にしてしまうのである。ところが、私と他者との間に飛び交ってやまない感情とは、前言語的な現象として、とりわけて感情と呼ばれているのである。アダム・スミスは自他の感情が同感という関係において初めて意味を発生するのだと考えた。道徳感情に限ってみれば、同感という感情交換が感情に規範的な意味、あえていえば感情の「価値」を与える。私にたんに主観的な感情なるものは存在しない。各人が所有する感情なるものを交換することが同感なのではなく、同感が感情を定義する。スミスの考える感情とは初めから対他的な関係概念である。
私は一人ではなかつた!?
さて、「同感が感情を定義する」点をはっきりさせるために、『道徳感情論』の記述の出発点を、私は次のように書き直したい。出発点は他者ではなくこの私の感情経験に置かれる。いま私は、何らかの境遇に置かれてこれに反応している。そして、私は確かに自分の感情が喚起されるのを知覚できる。花が咲き乱れるのを見てああきれいだと私の心が反応する。この知覚が「きれいだ」という意味を持ち、公共的な意味交換を可能にし、あるいは初めから「きれい」という言葉で表現できるのはどうしてか。広く哲学的な議論がここにあることは周知のところである。だが、いま問題にしているのは人間どうしの同感という本性であり、やがては道徳感情の是非にまで展開していくべき感情の発生史である。であれば、私の感情経験の出発点で、私は自分の感情知覚の意味を知ってなどいないのである。私には本来的に同感してくれる相手が必要である。同行する相手は、同感するという彼の本性に従って、花を見て私の行為と同じ反応を、行為として返してくる。あるいは私の紋切り型の感情表出が彼を白けさせてしまう。このように、いま・ここに喚起された私の感情を私は彼の前に表出し、すなわち感情を相手に外化して、この行為が引き起こす彼の同感において、私は私の感情の適不適そして是非を弁別する。だから、相手の行為に私が読み取るのは、実は、私自身の感情の意味なのだ。いわば、私は他者の同感において私が「感情する」のを見るのである(幼児と母親との対面関係を想起されたい)。このようにして、私は自分の感情の意味を発見する。同感における他者の感情表出行為は、いわば私の感情の鏡である。
実際、「彼を社会のなかにつれてこよう」と、アダム・スミスも繰り返している。「もし、人間という被造物が、ある孤独な場所で、彼自身の種との何の交通もなしに成長して、成年に達することが可能であったとすれば、彼は彼自身の顔の美醜についてと同じく、彼自身の性格について、彼自身の感情と行動の適切性または欠陥について、彼自身の精神の美醜について、考えることもできないだろう。これらすべては、彼が容易に見ることができず、自然に注視することがない対象なのである。そして、彼がこれらに眼を向けることができるようにする鏡も与えられていない。彼を社会のなかにつれてこよう。そうすれば彼はただちに、彼が前にもたなかった鏡を与えられる。」(293頁)
スミスの用語を使えばこうなる。私の感情表出がこれに応える他者の行為と合致するならば、私は私の行為がこの場合適切(propriety)であり、相手によって是認(approve)されたことを発見する。逆ならば、私の感情行為は不適切であり相手において否認される。たんなる感情交換でなく、是認否認という道徳感情の規範的意味がすでにここに込められている。そしてスミスによれば、同感という自然本性は相手における私の是認を願い、否認を避けたいと思う。是認されれば相手は私に喜びをもたらすであろうし、逆なら私は悲しむからだ。であれば、私は感情経験の意味を相手において発見し、確認するだけではない。相手との感情交換において、私は等価交換を求めて自分の感情とその表出行為を調整し再形成しなければならない、ということが起こる。感情経験一般を限定して、「同感を求める人間の本性」からスミスが記述をスタートさせたことは、極めて重要な方法的前提である。私と彼との二元的な感情交換が固定せず、おのずと関係のダイナミックな展開を促すのも、同感したいという人間本性にあると見なされるからである。
さてこうして、私は自分の感情が相手において是認されたことを私は発見する。この場合は、感情の意味が相互に一致するという意味で、感情のいわば等価交換が彼我に成り立っている。そのように、私は思いこむことができる。等価交換される感情がたとえばやがて喜びと呼ばれるかもしれないが、いま発見された私の感情の意味はなお名前を持たない。なぜなら、逆に、彼の行為が私の感情と逆行する(逆なでする)なら、私の感情の外化はただちに挫折して、私は自分の感情の意味を確認することに失敗する。同感の関係は成り立たない。感情は意味の不等価交換を経験する。私は「社会」から脱落して、「孤独の場所」に連れ戻されてしまうであろう。そして実際には、同感とこの同感の挫折を両極として、その間にはさまざまな程度の感情の交換関係が連続スペクトルをなしているであろう。同感としての喜びの交換、あるいは逆に相手の悲しみにおいて私の喜びが否定されること(反感)は、スペクトルの両極の名前であるにすぎない。これを両極としたスペクトルの様々な段階で、私は相手の同感を求めて行為する。
以上の記述では、私と彼との二元的な感情関係において、スミスのいう観察者として私が観察するのは彼の感情ではなく、彼の感情において私が発見する私の感情の意味である。彼の感情表出行為ではなく、感情の当事者はこの私である。私は私の感情の当事者にして観察者であり、しかし、この経験の意味は相手との感情交換なくしては了解できないということである。そしてさらに、私と彼のこの関係は容易に逆転できる。私の感情表出行為を鏡として自己の感情の意味を発見するのは、今度は彼だ。彼もまた私の行為のうちに自分の感情の意味を確認するであろう。このように、スミスのいう観察者と当事者の二元的関係は幾重にも循環しうるのだから、彼の応答が私の行為の適切性を確認する(私と彼)といっても、私が彼の感情を適切なものとして是認する(彼と私)といっても、同じことになるであろう。プリミティブなレベルで、すでに「活動を互いに交換する」(マルクス)ということがそこに行われている。今の段階で、この可能性を疑う絶対的な理由はなにもない。私と他者とはそれぞれに感情の等価交換が行われたかに思いこむことができる。いま・ここで、私は一人ではなかったのだ!? 自他の是認を願う私たちの感情行為が二人の「交歓」を成立させる。
匿名の私たち
けれども、私と他者との二元的な感情交換の関係は、この段階では、本来的に非対称であることに注意しなければならない。私の感情の意味はただその応答としての彼の行為においてだけ確認されうるのだから、この関係において同感のカギを握っているのは彼だ。事実、彼が裏切る恐れは常に存在する。彼の裏切りが同感を挫折させる。だから、同感の成立はなおいま・ここにおける危うい賭けであり、同感が成立するのは彼が何か私と異なる特権的な属性を持っているかに、私には思えてしまう。逆に彼のほうには、独自に感情表現する主体でありながら同時に、私の感情行為の鏡であるという役割が押し付けられている。彼の行為が私の感情の意味の鏡であるとすれば、鏡はまた鑑である。この錯視がすでにきざしている。
幼児と母親との関係を見れば、この関係の非対称は明らかなことである。人間は生まれながらに自己であるのでもなければ、感情なるものを持つのでもない。幼児は感情表現とおぼしき行為を母親たちに仕掛けては、その反応のなかに自己の意味を見出していく。母親はこの関係において初めから特権的であり、特権的な地位と属性にあるからこそ関係は終始非対称であり続ける。親の顔色をうかがいながら子供は育つ。幼児の発達過程だけではあるまい。たとえば、治療や介護における顧客と専門職の感情関係が他の例になる。気持ちを訴える者と、相手の気持ちを聞く者の関係がここでは制度にまでなっている。こうした関係では、同感すなわち感情の等価交換が成り立ったとしても、それはただこの私だけが相手のうちに確認できたにすぎない。多分めったに、相手が裏切ることはないであろう。専門職が企んで私を裏切るのであれば、制度の信頼性がそもそも成り立たない。とはいえ、母親がたくまずして幼児の感情を誘導するように、主として専門職が私の同感を判定する。母親や専門職がそれぞれの規範を私の感情に押し付けるということが起こるであろう。私は他者の同感を得ようとして自ら感情を切り詰め、あるいは肥大化する。ところが、感情交換の二元的な関係のこの段階では、私が他者のうちに発見するのは私自身の意味なのであった。だから、私がもっぱら特権的な相手を鏡とする非対称の関係が固定されれば、私が私を発見するという自己撞着が固定されてしまう。幼児はやがて母親との二元的関係の呪縛から脱出できるであろう。しかしとりわけ、『心の習慣』の著者たちが指摘したように、セラピーにおける二人の非対称が文化の範型にまでなっている社会では、セラピストを通じて発見され調整された自己は、社会に出て本当の意味で社会的な他者を再発見できるかどうか。
とはいえ、記述のこの段階ではなお、私と他者との同感関係の成立は一回限りの危うい賭けであるにすぎない。いま・ここに成立した関係は次の瞬間には失われる。今度は私の相手は別の彼であるかもしれない。彼にとっても事情はまったく同じである。だから、関係の非対称が多少とも永続し固定することは起こりえない。そのような場面が想定されているのである。「私は一人ではなかった」といっても、私と他者とのカップリングは瞬時に入れ替わっては飛び跳ねる。経験されるのはむしろ、私と彼との交歓関係の絶えざる挫折に他ならない。関係のカオスがアナーキーを克服する契機はここにはなにもない。いいかえれば、私と他者との二元的関係を取り出す限り、そこには本来の相互的な同感は成り立ちがたいのである。私と彼の二元的関係をさらに展開させる契機はどこにあるだろうか。「彼を社会のなかにつれてこよう」というスミスの掛け声に、さらに従っていかねばならない。
ところで、私と彼との二元的な感情関係は幾重にも循環しうると先に指摘したのだが、このような関係にある私と彼とは、そもそも誰のことであったろうか。たしかに、私にとって親しい他者とは、なによりも家族であり仲間であろう。彼らにはそれぞれに固有名があり、役割を持っている。私は日常的に彼らとの対面の関係を続けている。スミスが例に挙げているが、親しい友人同士の語らいの席で私が冗談をいう。私の冗談が友人たちの笑いを取れば、私は彼らの応答としての笑いのうちに私の同胞感情を確認するであろう。反対に、仲間が白けるだけであれば、仲間意識強化の私の試みは挫折するだろうが、だからといってそれだけで、友情が挫折したりはしない。今度は友人の一人が冗談を返してきて、私は笑うであろう。私と彼との対称的な同感関係の成立は、私たちの友情を記述するという意味を持つであろう。実際、アダム・スミスの記述では、感情発現の当事者は感情の原因を作る特定の境遇に置かれており、観察者私が想像上同じ境遇に身を置いてみる場面を想定している。私は彼の境遇と彼自身についてすでにある程度の情報を持つことが前提にされているのである。彼はたとえば私の友人の一人である。事情は彼にとっても同様である。「私は一人ではなかった」という発見は、再確認ではあっても、同感の初体験にはならないであろう。
ところが、私にとって彼が、たまたま初対面の何処の誰かもしれない他者であったらどうであろうか。家族や共同体の対面の関係に限られていた社会が解体して、都市が生まれ商業が人びとを結びつける。このような社会では、見知らぬ者どうしが出会い交際する。見知らぬ者どうしはただおのれの利己心に従って行動する。私はたとえば私の生産物を彼の品物と交換しようとして彼に出会う。人間にはそもそも説得性向と交換性向が備わっているとスミスがいったように、私は彼と感情を交換し彼を説得しようと働きかけるであろう。彼は私とは別の村から出てきた者であるかもしれず、場合によっては彼の方言を私は外国語のように聞くかもしれない。こうなれば、私の説得性向と交換性向は本来的に感情表出行為として発現されるほかはない。同じようにして、彼もまた私に応じようとする。私は彼であり彼は私であり、両者を区別すべき名前も属性もこの交換関係の前提にはならない。両者の匿名性は本来的だ。私と彼とのこのように対称的な関係が、先の記述では事実的な前提になっているのである。『道徳感情論』の冒頭で、「人間はどんなに利己的なものであるとしても」とスミスが指摘したが、私も彼も記述のこの段階ではそれぞれに自己愛にもとづいて行動する人間であるにすぎない。出自は問わない。いまや、このような私とか彼はどこにでもいる。そのような社会が生まれている。この社会がやがて市場交換社会を形成するのだとすれば、これは同時に感情交換社会ともなるはずである。
とはいえ、あらかじめ注意しておきたいが、この社会がまったくの無地の生地から織り上げられるかといえば、むろん事実は違う。たとえば、スミスはスコットランド人であるが、この地では一六、一七世紀にピューリタンの倫理がとりわけ大きな影響力をもったという。衰えたとはいえスミスの時代にこれが消えてしまったはずがない。スミスが道徳感情というときのモラルとは、とりあえずは当時の世間に与えられていた良俗・習俗のことである。それがどんなものであれ、このモラルを与件としてそこから新たな社会の道徳規範体系(モラルについての一般的諸規則)が発見され、再形成される過程を追体験することが『道徳感情論』のテーマとなったのであろう。
私と他者たち
さてこうして、私は他者と出会い、他者の応答のうちに私の感情の意味を発見するのだが、私にとって彼は他にいくらでもいる。私が感情交換する相手は、今度は別の他者だ。かくて、私と彼の二元的関係は他者たち多数との関係に拡張される。私は他者たちと個々に同感の関係を結ぼうとする。他者の応答は私の感情表出を是認するであろうが、別の他者はこれを否認するかもしれない。他者たちとのこの多元的な関係のうちで、私は同感しうる複数の他者たちを求めていくであろうが、同感成立のカギは依然として他者が握っているので、ここでも私の試みは挫折を経験する。
アダム・スミスがこういっている。「われわれは、この世に生まれ出ると、他人を喜ばせたいという自然的欲求から、交際するすべての人にとって、つまり自分の親、教師、仲間にとって、どんなふるまいが快適であるかを考慮するように自分を習慣づける。われわれは、進んで他人に話しかけ、しばらくの間は喜んで、あらゆる人の好意と明確な是認とを得るという不可能で道理に合わないもくろみを追及する。しかしながら、われわれは、まもなく経験によって、この明確な是認が普遍的にはまったく獲得できないものであることを知る。他人との間に処理すべきもっと重要な利害関係をもつようになると、われわれは、一人の人を喜ばせることによって、ほとんど間違いなく別の人を怒らせるということ、そして、場合によっては、一人の人の機嫌をとることによって、他のすべての人をいらだたせるかもしれないことを知る。」(307頁)
私はこのように、いまやあらゆる人びとの好意と是認を得たいと試みるのだが、一人を喜ばせることによって別の人を怒らせてしまう。一人の機嫌を取れば他の人すべてをいらだたせることになるかもしれない。明らかに、私と他者の二元的な関係が他者たち多数に拡張されても、二元的関係が本来抱えもっていた関係の非対称は克服されない。とりわけ、スミスのいうように他人との利害関係の処理を市場社会に想定するなら、私の商品交換の欲望が実現するかどうかは他人の欲求次第だ。他人の欲望を鏡としなければ、私は自分が何を望んでいるのか(自分の商品の価格)がわからない。こうして、他人を喜ばせたいという私の欲望は、関係が二元的である限り「不可能で道理に合わないもくろみ」であるほかないであろう。他者たちのうちに私が発見しようとするのは、他人もどきの私であるにすぎないからだ。
とはいえしかし、こうした感情の不等価交換の経験を重ねるならば、私は交際するすべての人びとを喜ばすべく自分の振る舞いを修正する習慣を身につける。商品交換は他者との感情交渉であり、私は自分の欲望を値切ることができる。感情の等価交換、同感関係はこうして個々に拡大していくであろう。あらゆる人の好意を得る試みは、たしかに不可能で道理に合わないことかもしれない。しかしだからといって、一人を喜ばせることによって別の人すべてを怒らせるといえば、極端な断定になるであろう。多数の他者たちとの二元的関係において、私の行為を是認する人びとを発見する可能性を初めから否定する理由は何もない。だから、私は自然本性に従って私と一人の彼との同感関係を多数の他者たちとの関係にまで拡張する。こうして、私は束の間、好意を交換する交際相手の集合を発見するであろう。
もちろん、この集合は私が他者たちそれぞれと好意を交換できた限りで成立する、いま・ここのグループであるにすぎない。他者たちは個々ばらばらに私の感情の意味を映しているにすぎず、この他者たちどうしの関係はまだ何らの限定も受けてはいないからだ。実際、次の瞬間には、私のグループのメンバーは入れ替わる。あるいは、今度は私でなく彼がグループの中心にいるであろうし、彼の集合は私のグループとは別のメンバーからなるかもしれない。集団は他者たちそれぞれの私による、私にとっての集団であるにすぎない。このようにして、ある文化圏の中で、同感を求める多数の私をそれぞれ震央とした同感関係の輪が、いま・ここに多重に生起する場面を想像することができる。あるいは、多重の等価交換の輪は瞬時に消滅してしまうかもしれない。各震央はそれぞれに異なる私による総合なのだから、この諸総合はついには互いに重なることなく個々に生成消滅を繰り返すしかないかもしれない。結果として、文化圏とか社会とかいっても、内実は感情交換のアナーキーの生起する場所であるほかないであろう。人間の本性は本来利己的なものなのだから、アナーキーこそが自然状態である。
しかし逆に、同感を求める私の「不可能で道理に合わないもくろみ」が、やがて一つの感情仲間に統合されて、かくして永続的な文化圏が成立しうるとしたらそれはどうしてか。感情仲間がただのフィーリングの合致ではなく、まさしく特定の道徳的感情のシステムを絆とするような人間関係、つまりは一つの社会を可能にするのはなぜであろうか。これが『道徳感情論』におけるアダム・スミスの主題である。自然状態のアナーキーを克服することがホッブスやロック以来の政治思想家たちの主題であったが、同じ課題をスミスは「契約関係」としてではなく、道徳的絆の形成史として追求しようとした。
仲間集団の成立
そこで再び、私があらゆる人びとの好意と是認を求めて、いま・ここに、私の同感集合を発見した場面に戻ろう。そして、この集合において、私と私にとっての他者たちとの関係を転倒してみる。先には私からする好意の呼び掛けに応えた他者たちすべての位置に、今度は一人の私が立ち、他のすべての他者たちがかつての私の位置に立っている。他者たちの一致したまなざしがいまやこの私の身柄に注がれている。このとき、私以外の他者たちは、一人の私が演じる感情表出行為のうちに、自分たちの感情の意味が映されているのを見ることになるであろう。他者たちが好意と是認を求めるのは、いまやただ一人、この私にたいしてである。関係がこのように逆転されると、私の同感集合にはある根本的な変容が経験される。
それというのも、私の立つ位置は、もはや以前の他者たちとの関係に止まることができない。他者たちの感情が是認されるか否認されるか、そのカギをいまやこの私だけが握っている。他者たちは、私の振る舞いが自分たちの同胞感情を確認する一つの特権的な役割を持つかに見なすことになる。先に、私と彼との二元的な関係において、私の感情の是認の成否つまり同感のカギを彼だけが握っていたことを想起しよう。関係の非対称性はすでにここにきざしていた。それがいまや、他者たち多数にとっての私の関係は明確に非対称的であり、私の身柄には感情行為の主体であるとともの他者たちの鏡(鑑)であるという矛盾が押し付けられている。規範的意味という社会的錯視が、私の感情表出行為には負わされかけている。
逆に他者たちは、もはや個々ばらばらに私と関係するのではない。私という生身の人間の行為に、自分たちの感情の意味を集中的に表現することによって、この私の行為を媒介にして、他者たちは相互に同胞として交通することができる。さながら貨幣のごとくに私を介して、他者たちは互いに世話を交換することができる。したがって、私の同感集合の内部は、もはや自他が偶然に出会うという二元関係のカオスではない。私に媒介された相互性が他者たちすべてに成立することによってはじめて、私の集合はいまや同感集団である。私にはすでに集団の規範的身振りが押し付けられており、この身振りは集団内部に流通して他者たちを規範的に結び付けたのだから、私の集団は、束の間、同胞の関係で結ばれた仲間となる。
もとより、繰り返しいうように、私といえども他者たちのうちの匿名の一人にすぎなかった。だから、何か特別の資格や属性があるがゆえに、私はこの役割を引き受けたのではない。他者たち多数のいわば暴力によってたまたま私は集合内に分立し、他者たちによる社会的事業として私はかく仕立て上げられたのだ。次の瞬間には、私の規範的身振りは好意と是認をえられずに解体し、今度は私の位置に別の彼が立つということが起こる。かつての二元性のアナーキーは、同感集団のカオスに変えられたにすぎない。そうであるかもしれない。だが、それでもなお、カオスの内部で同感集団が多少とも永続して、互いに同胞と呼べるような仲間を存続させるとしたら、それはどうしてか。私の本来的な匿名性こそが、かえってこの契機になるであろう。
いま成立したばかりの束の間の同感集団において、私は固有の身柄であるばかりか、他者たちの共同事業によって仕立てられた規範的な身振りとしてあるのだった。他者たちがかりそめに私において同感を確認したのは、私の身柄そのものではなく、私の身柄といまや二重写しになっている私の振る舞い方においてであった。他者たちの共同事業は、私の振る舞いの意味を規範的に調整して、彼らが共有する同感の基準へと形成していくであろう。にもかかわらず私自身は常に勝手に、利己的に振舞うことができる存在なのだから、他者たちの共同事業が暴力的に分立した私とは、私の身柄そのものではありえない。私の身柄から超出して、いまやこの集団の内部に偏在して仲間たちを媒介している一つの感情(観念)であるしかないのである。それはもう私ですらない。スミスではないが、私は「二人の人物」に分割される。私の個的な身柄と「道徳的な鏡」との分裂である(301頁)。 私と他者との二元的な関係においてすでにこの分裂が経験されたのだが、私の同感集団の段階に至ったいまや、「道徳的な鏡」はもはや私でなく、私たちのスタイルである。私の中の「裁判官」とスミスはこれを名付けた。裁判官であるならば、それはもうこの私でなく、集団の各人からも分立して集団を統合する規範的な観念の名前である。このとき初めて、同感関係が本当の意味で成立し、同感が継続しうる可能性も生まれる。ある場合にはこの観念(同感)は言葉に出して言われるだろうが、言葉がその本性上私から超越するのは明らかなことである。そして言葉が、私たちの感情経験の豊かさを切り詰め、あるいは反対に観念的に肥大化する。
同感の規範的な意味がこのようにして集団を超越し集団を統合するならば、今度はこれが集団の各人に返ってくる。各人は私から超出したスタイルに合わせて、それぞれの感情表出行為を調整するであろう。こうして、集団の統合はいま・ここのかりそめのものでなく、観念と共に集団は生き延びる。現に、私の家族とか友人あるいは馴染みの取引仲間が、このような私の集団として存続している。取り立てて口に出すことはないかもしれないが、家族には家風があり友人たちとは共通のスタイルの黙契がある。これは私と他者たちとの関係から析出された共同幻想であるが、幻想を壊さないために、私たちはお互いの感情交換をこの観念に準拠して調整している。国家や全体社会の存立とは別のこととして、今もこの集団観念が経験されている。感情交換論の記述のこの段階で、私と他者たちの同感集団が固定し永続したものとして、家族や仲間の例を想定することができるだろう。
とはいえ、感情交換の規範が私を超越するのは、あくまで私が匿名の存在だったからである。なるほど、初めから私が家父長であり、友人たちの道徳的リーダーであるなら、この特別の私のもとに集団の規範が形成され維持されるのは見やすい。けれども、匿名の私と他者がいま・ここに出会って、損得づくで世話を交換する場面が、終始、記述の前提になっている。前時代の共同体が解体されて、従来の家族や友人の関係を離れて市場へと登場した人びとがここにいる。そして、記述のこの段階では、成立を見た集団とその規範はなお私の仲間のものであるにすぎない。私による仲間の統合は仲間以外の者を排除した結果であって、彼らはそれぞれの集団として同様に存続しているであろう。このような多様な仲間集団のアナーキーが世間である。世間のうちで、私の集団の規範は新しい社会の道徳的絆、スミスのいう「良俗についての一般的諸規則」とまでなりうるだろうか。
胸中の公平な観察者
ところで、感情交換論のこれまでの私の記述は、『道徳感情論』のオリジナルから少しばかり遠ざかってしまっている。この段階で、いま成立したばかりの同感関係をアダム・スミスの記述に照らして確かめておくことが必要である。私の記述は仲間集団の規範的スタイルが析出する段階にいたっているが、これがスミスのいわゆる「公平な観察者(impartial spectator)」の成立に相当する。
先に引用したが、「われわれは一人を喜ばせることによって間違いなく別の人を怒らせてしまう」という文章に続いて、スミスはこう書いている。「このような他人の一方的な判断から自分自身を守るために、われわれは間もなく、自分と自分が一緒に生活する人びとの間の裁判官を心の中に設け、彼の前で行為していると思うようになる。彼は非常に公平で公正な人物であり、自分にたいしても、自分の行動によって利害を受ける他の人びとにたいしても、特別の関係を何ももたない人物である。彼は、彼らにとっても自分にとっても、父でも兄弟でも友人でもなく、単に人間一般、中立的な観察者であり、われわれの行動を、われわれが他の人びとの行動を見る場合と同じように、利害関心なしに考察する存在である。」(307頁)
「公平な観察者」とは『道徳感情論』のキーになる概念である。しかも、スミスは実に様々な場面で、記述の異なるレベルにまたがってこの言葉を使用している。公平な観察者は初めに、私が自分の感情の適切さを測る基準として、自分の胸のうちに形成する裁判官として登場する。私は私を二人の人物に分割して、一方の私は裁判官として他方の私の行動を検査し判決する。私たちは自分の感情表現について独断に陥りやすいのだから、私は行動の当事者として、できるだけ私の裁判官の判決に従って公平であるべく努めるようになる。裁判官に是認されれば私は安心するし、否認されれば不安になるからである。次いで、経験を重ねて私が胸中の公平な観察者を育てていくならば、今度は他人の行為を観察しその是非を判断する場合にも私見によるのでなく、公平な観察者の立場を他人にたいする判断にも適用するようになる。こうしたことがすべての私において成熟するとすれば、胸中の公平な観察者は個々の私の身柄から超出して、私たちの道徳感情の一般的な判断基準として形成されていくであろう。初めの私の判断が下級審だとすれば、後者は上級の法廷への控訴の道だとスミスはいっている。抽象的人間、人類の代表、神の代理人、全行為の最高裁判官などという言葉がここに登場する(308頁)。この段階で、先の引用にあるように、自分でも親兄弟でも友人でもなく、「たんに人間一般」として裁判官は考察するといわれたのである。
けれども、スミスのこの説明は心理学的にすぎるように私には思われる。当時流行し始めていた内省心理学の影響があっただろうか。むしろ、胸中の観察者が私の個人的な感情表出行為において発生しながら、他者との関係の中で私から離れていき、期せずして社会の道徳的あるいは法的な裁判官へと自己形成する道筋を追っていくことが、スミスの意図だったように私は読み取るのである。『道徳感情論』は、いわば、この「抽象的人間」の発生と遍歴の歴史を記述するものである。この観点では、公平な観察者の立ち位置は私の仲間集団において初めて析出し、分立するものであるはずだ。私が一人で自分の感情表現を観察して、このレベルで「公平に」その是非を判断することは、私を超出した裁判官が成立した後に事後的にしか可能ではない。他人の感情を公平に判断するときも同様である。記述の初めの段階、私と他者との二元的な関係においては、二人の束の間の同感と交歓は経験できても、これが公平かどうかは保証の限りではない。公平とは私の主観的な吟味によって「胸中に」形成されることではない。できると考えるとすれば、そこにはすでに世の中の公平の基準とか、神(あるいは理性)の命令とかが先取りされているからだ。公平な観察者は初め私の胸中に形成され、後には独立し、ついには神の代理人として屹立するかにスミスは書いている。もとよりこれは擬人化であって、私のうちに経験され私から離れて私の集団を統合するのは、道徳規範という観念(感情のスタイルと意味)なのであった。
世間へ出ていく
さて、いま成立した私の仲間を統合して仲間内に通用する同感の基準が、経験と共に安定化し長続きするようになったとしよう。仲間集団形成の過程で私は極端に利己的な感情表現を抑制しただろうし、他の成員もそれぞれに感情の等価交換を維持すべく自分の感情表現を調整したであろう。スミスではないが、「他人の一方的な判断から自分自身を守るために、われわれは間もなく、自分と自分が一緒に生活する人びとの間の裁判官を心の中に設け、彼の前で行為していると思うようになる」。各人は本来利己的なものであろうとも、あまりに自分勝手な振る舞いは集団的に淘汰され、その結果として自他の感情表現を是認しまた否認する基準は集団の黙契となり、不文律として集団を統合している。典型的には家族や友人たち、あるいは取引仲間を想定することができる。そして、この仲間が、あるいは仲間のうちの一人の私が、いまやたとえば市場に出かけて行き見知らぬ他人と出会う。このようにして同感関係の拡張を試みなければならない。彼ら見知らぬ他人たちはそれぞれにその仲間の一員であり、また市場で相互に感情交換を試みている者たちであろう。
私とその仲間にとって、これが「世間(world)」である。スミスがいうように、さしあたっては、「最小の同感と寛大さ」しか世間から期待できない。それでも、孤独の暗黒の中で嘆いたり、親しい友人たちの寛大な同感だけを頼りにしてはならない。「できるだけ早く、世間と社会の日光のなかに戻らなければならない」。私の悲運あるいは幸運について何も知らず気にもかけていない見知らぬ人びと共に暮さねばならない。敵との同席ですら避けてはいけない。私のことを私の性格と行動によってのみ評価する独立した人びとといつも交際すべきである(443-4頁)。
このようにスミスに背中を押されて、私(たち)は世間に出ていくのである。市場社会ではこのことはいつでも可能なばかりか、むしろ必然である。では、私の仲間の感情交換の基準は世間に通用するであろうか。通用するためには、基準はもはや仲間内の暗黙の了解、不文律のままであることはできない。それは他者たちに提示して理解されうるルールとして表現されねばならない。ある場合にはすでに、基準は言葉として提示されるかもしれない。もともと同感の基準が私の身柄から超出した「抽象的人間」の立場として形成され、このようなものとして仲間内に流通したものだから、これは交換可能なシンボル、つまり言語に置き換えられうる性格を潜在的には常に帯びていた。同感、つまりは感情の等価交換のこれは通貨である。私の通貨は世間に通用するであろうか。いまや私は仲間内でなく仲間と世間との間で、相互の感情表現の調整と淘汰を迫られている。
先には、他者たち多数がそれぞれの感情の意味をこの私の振る舞い方において発見して、私の仲間が形成されたのだった。かくて、私はいまでは一個人ではなくむしろ仲間そのもの、あえていえば仲間の道徳感情の規範を体現するものである。そして、私の仲間と交際する他者たちもいまではそれぞれの仲間を体現している。それぞれの仲間の集合として世間をなしているのである。こうして、他者たちとこの私との多元的な関係は、いまや、世間の多数の集団と私の集団との感情交換として現象している。だから、かつて他者たちによって私が集団の表現へと仕立て上げられたように、世間の諸集団は私の集団との関係において、それぞれの感情規則を交換し、調整することになるであろう。世間において、他の諸集団は私の集団を鏡として自分たちの感情表現の意味を発見し、私の集団の規範を基準として是認をえたいと願う。ここにおのずと、私の集団の規範は私の集団から超出して諸集団を統合することがありうるであろう。そのときには私の集団は、いま・ここでかりそめに、世間の規範であるかに見えるのである。だがもとより、私の集団は世間の中の一つの集団であるにすぎず、次の瞬間には別の集団が私たちを統合するということが起こる。統合の震央は世間に多数あり、かつ震央はあちこちにシフトしてやまない。
良俗についての一般的諸規則
こうして、世間には絶えず感情の齟齬が生じて競合と闘争が起こり、諸集団はついに社会の絆といえる道徳感情の規範を形成しえないかもしれない。集団どうしがこの場合本来的に匿名のものであればこそ、社会のアナーキーと動態もまた消え去ることはない。だがそれでも、理性あるいは暴力による道徳的な専制社会をうち立てることなく、かりそめにも自然的自由の体系として社会がなりたつことを頭から否定する理由はない。かつて私が私の仲間へと私の感情表現を調整したように、世間の諸集団の関係がそれぞれの振る舞い方を淘汰し同調させていくであろう。こうして、私の集団の規範は拡張され、諸集団すなわち世間そのものからも超出して、一個の道徳判断の規範体系へと形を整えていくであろう。私たちの感情交換関係から析出し、しかしいまや私の集団のものでも他の集団のものでもない「公平な裁判官」が、今度は感情交換の「一般的諸規則」として形成される。アダム・スミスはそう考えた。
スミスはいう。世間の交際において、私たちはなおも自分の情念の激しさに翻弄されがちである。自分の利害関心から離れて判断を公平な観察者に委ねようと努力してもなお、「自分の情念の激高が絶えず利己的な場所に連れ戻すのであって、ここではあらゆるものが自愛心によって拡張されて間違った表現を取ってしまう。」激情が過ぎた後でも、私たちは自愛心の間違いを完全に捨てることはできないし、「公平な裁判官の持つ完全な中立性をもって」これを反省することもできないのである。将来における類似の過ちから自分を守ることもおぼつかない。「自己欺瞞という人類のこの致命的な弱点が、人間生活の混乱の半分の源である。」(327-8頁)これが世間というものであろう。
しかしながら、とスミスは続けるのだが、「自然はこれほど大きな重要性を持つ弱点を、まったく矯正することなしに放置してはおかなかったし、われわれを自愛心の妄想に委ねるままにはしなかった。他の人びとの行動を継続的に観察することによって、われわれは気づかぬうちに、何がなされたり回避されたりするのにふさわしく適切であるかについて、一般的諸規則を心のなかに形成する。」(327頁)スミスによれば、「良俗(moral)についての一般的諸規則(general rules)」は大きく分けて二つある。第一に、中立の観察者なら非難に値すると判断するようなすべての行為は回避しなければならない。とりわけ、他人の生命、財産、名誉を傷つける行為が禁止される。この規則が正義(justice)である。第二に、公平な観察者が称賛に値すると判断するようなすべての行為は感謝されてしかるべきであり、このような行為は推奨されねばならない。これが慈恵(beneficence)である。一般的な諸規則が形成されれば、私たちは正義と慈恵の念をもって行為しなければならないと思う。
一般的諸規則への顧慮が「義務の感覚」と呼ばれ、「人間生活において最大の重要性を持つ原理であり、人類の多数がその諸行為を方向づけることができる唯一の原理である」といわれた。「われわれの内面にあるこれらの神の代理人は、それにたいする侵犯を内面的恥辱と自己非難の責苦によって処罰しないではおかないし、反対に、従順にたいしては常に心の平静、満足、自己充足をもって報いるのである。」(336頁) なお、正義は厳密な社会的ルールとして法的に強制されるべきであるが、慈恵はもっと緩やかな推奨である。建物の土台と装飾、あるいは文法と構文の違いのようなものだと、スミスは説明している。
不完全な社会
人間の本性が利己心にあることは、すでに『道徳感情論』の冒頭から前提にされており、以降も基調低音として全編を貫いて流れている。人間は何よりも自身の幸福を目的として追求する。自由に追及する権利がある。スミスを含めて、これが功利主義の倫理の第一原則である。「富と名誉と出世を目指す競争において、私は私のすべての競争者を追い抜くために、できる限り力走していいし、あらゆる神経と筋肉を緊張させていい」のである(217頁)。しかしながら、私はまた世間のあらゆる他者たちの一人である。すでに私と他者との二元的関係から析出された第三の目、つまりかの公平な裁判官から見れば、私とて「大衆の中の一人にすぎない」。そう気づくならば、私の自愛心の高慢は打ち砕かれて、公平な裁判官がついてこられる水準にまで、自愛心を引き下げることを私は学ぶであろう。反対に、相手を一方的に押しのけ投げ倒すならばこれは「フェアプレーの侵犯」であって、第三者の寛容は完全に終了する。被害者への同情と加害への憤慨の念は嵐のように私に押し寄せ、私は恥辱と恐怖に戦慄するであろう。とりわけ、生命と所有権の蹂躙は「最高度の憤慨」を掻き立てずにはおかない。世間は蹂躙にたいする復讐と処罰を声高く要求し、これを禁止する諸法が形成される。以上が他者危害の禁止という功利主義倫理の第二の原則、すなわち正義の要求である。逆にいえば、私が適切な動機と寛容な行為(慈恵)を持って他者を遇するならば、世間は愛情と感謝をもってこれに報いるであろうし、私もまた「快活と晴朗と落着きとで満たされる」。(221頁)
正義の法と慈恵の倫理が、私の利己心と同感の自然本性から帰結するものであることをスミスは繰り返し強調している。あらかじめ、私が社会全体の利害を顧慮して振舞うからではない。公平で寛容な動機から他者に接するからでもない。それでも、「社会は、幸福と快適さには劣るけれども、必然的に解体することはないだろう。社会はさまざまな人びとの間で、さまざまな商人の間でのように、その効用についての感覚から、相互の愛情または愛着が何もなくても存続しうる。そして、誰一人互いに何も責任感を感じないか、感謝で結ばれていないとしても、世話をある一致した評価にもとづいて損得勘定で交換することによって、社会は依然として維持されうるのである。」(223頁)
こうして先に述べたように、「世話を損得勘定で交換する」さいの評価基準として、正義と慈恵という一般的ルールが導かれたのであった。これが『道徳感情論』の記述の到達点であり、社会の道徳的な絆ともなるべきことであった。『国富論』が市場社会の成立と運動を記述するものだとすれば、市場社会はまた感情交換社会として存立する。あたかも市場交換から貨幣と社会の経済的ルールが晶出するように、アダム・スミスは、道徳感情のプリミティブな応答関係から始めて社会的な道徳規範が成立することを示そうとした。本稿での私の関心は、もっぱらこの説明の仕方、つまり道徳の「見えざる手」説明の手続きだけにおかれている。スミスが導いた一般的諸規則と義務の感覚が、具体的にどのようなものであり本当に市場社会の絆になりうるものかどうか。それに、このような自然的な自由と正義の体系が好きか嫌いか。こうした点は私の関心の外にある。
一般的諸規則を導いた後になっても人間本性の利己心が規則を裏切ることを、スミスは指摘してやまない。規則を順守しようとする義務の感覚も裏切りを防ぐのに十分でない。なぜなら、先に述べた手続きによれば「一般的諸規則」がたとえ成立したとしても、諸集団の存立と競合をこれが克服することはないからだ。実際、競争と対立は世間の現実である。世間はこの社会が完全なものでないことを示してやまない。人間は道徳的に不完全であり、完全な社会も存在しないことを、スミスは十分に心得ている。神の意志や理性の自然法から演繹するのではなく、社会の道徳的絆を人間の自然本性から導こうとしたとき、スミスの方法が記述のいわば無限遠方に設定したのが完全な道徳社会である。言葉の真の意味で、これは一つのユートピアである。感情交換社会のユートピアだ。このユートピアが好きになれるかどうかは別として。
階級社会の私
けれども、アダム・スミスの感情交換社会がユートピアであればこそ、ユートピアへと近づこうとする不断の動態もまたこの社会のもののはずである。ユートピアすなわち一般的諸規則と義務の感覚、これにたいする世間の齟齬と離反のうちにこそ、この動態が働いている。
『国富論』では市場社会は三つの階級から成り立っている。地主、資本家、そして労働者である。これはよく知られていることだが、『道徳感情論』もまた道徳感情からみた階級の区別を論じている。先ほどらいの記述の流れからいえば、私の仲間はいまや世間のうちで上中下の三階層からなる階級的集団として存在している。各集団にとってはそれ以外の集団の道徳判断が、世間の見方だということになろう。ここに彼我の道徳感情の一致も、齟齬も顕在化する。実際、スミスによればこの社会では人は富と高い地位を求め、反対に、貧乏とみじめな境遇を忌み嫌う。たんに奢侈や利便の多寡が問題なのではない。富と高い地位は私を喜ばせるし、他人もまた私の富と地位とを称賛するだろうと想像することができる。貧乏で地位が低ければ、反対に、私は日々みじめに思うだろうし、他人は誰もこの感情に同感してくれない。私を無視し、軽蔑し、私を避けようとするだろう。人は誰しも、他人の歓喜には心から同感するが、これに反して、他人の悲哀に同感するのは苦しいことだから同感の程度はずっと劣るのである。だから、ひとは自分の富裕を見せびらかし貧困を隠す(128頁)。
こうして、私は貧困を恥じ、富と高い地位を求めて他人と競争する。上層階級にあるものは身分と地位にふさわしい虚飾を守るために、下層の者は現状から上昇して称賛と尊敬をえたいと願う。「注目されること、同感と好意と明確な是認をもって注目されたい。」(129頁) このように社会には階層の別があり、異なる階層の間では感情の等価交換が成り立ちがたい。そして、下層の者たちは上層との感情の不平等を埋めたいと願ってやまない。スミスによれば、これが人間本性としての野心であり、虚栄心である。
かの公平な観察者の立場からみれば、野心と虚栄とは自分の立場についての自己欺瞞に他ならない。先にスミスが書いたように、自然による自己欺瞞の矯正のおかげで、道徳判断の一般的諸規則が世間に析出してくるのだった。だが、この階級社会では、道徳規範は世間のすべての集団を理想的に統合する体系としては成立しがたい。それぞれの集団が他の集団と損得勘定にもとづいて世話を交換することを通じて、一般的諸規則は不断の動態のなかに置かれざるをえない。どれか一つの集団の規則にこれが収斂していき、他の集団はこれに専制的に支配されるということは起こりえない。絶えず交際しときに闘争する諸集団から超出して、道徳規範の体系は動的にその安定を保つものとしてしか存在しえない。
逆にいえば、規範体系としての道徳感情の一般的諸規則は、それが一般的であるがゆえにたんに最大公約数としてしか通用しないものであるかもしれない。あるいは、一つの階層の規範に偏ったものであるために、他の集団の感情を切り詰め抑圧する権力として貫徹する。あるいはまた、これが観念的に肥大化して、どの階層集団のものでもない道徳的理念として社会の神棚に供えられることになるかもしれない。先に私の仲間集団のうちで生起していたことが、今度は世間のうちで起こる。
それゆえ、アダム・スミスは人間の自然本性が導いた一般的諸規則が、同時に、神学や理性の哲学が主張するごとくに「神の諸法」だと見なされても、結果的にはそれは正しいと認めている(336頁)。 またスミス自身は、古代ローマのストア派にならって、心の平静、満足、自己充足の境位を好んでいる。「幸福は平静と享楽にある。」このためには、「健康で、負債がなく、良心にやましいところのない人」であれば十分なのである。空しい虚栄で身を飾り、あるいはより高い地位に這い上がろうとあくせくするのは、心の平静を乱し、軽はずみでつまらないことなのだとスミス自身は得心している。
勤労階級の道徳
けれども、アダム・スミスがどう考えようが、虚栄心が世間の人びとを駆り立てる。スミスが日々に直面していたのはそういう社会である。一方には富と身分に恵まれた人たちがおり、彼らはいつも世間の注目の的である。彼らの漏らす一言、一つの身振りさえ無視されることはない。本当はこの有利な地位は代々の親譲りのものであり、このために彼らは自然に権威と優越と優雅さをもって振舞えるのであって、自身の知識や勤勉や忍耐によって獲得された徳ではない。にもかかわらず、心の平静を失うことを代償にしてでも、有力な人びとの情念についていこうとするのは人間の本性であり、このために「諸身分の区別と社会の秩序とが築かれる」のである。国王は人民の召使であり、人民は公共のために国王を服従させ、抵抗されれば廃位し処罰できるのだと理性の哲学は教える。だが、自然の学説では、人びとは自分のために身分のある者に従順であり、微笑みかけられたというだけで奉仕が報われたと思うのである。
生まれながらに地位と富に恵まれた者と違って、身分の低い者たちには自然に備わった特性というものは期待できない。もし目立とうと思うなら、そのために支払うべき資金は自分の肉体の労働と精神の活動をおいてほかにない。したがって、彼らは優越した専門知識、勤勉、労働の忍耐、危険に立ち向かう決断、困苦に耐える不動の精神を涵養しなければならない。そして、仮借ない努力によって、これらの能力が公共の目にとまるようにしなければならない。自身を際立たせる機会とあらば、彼らは戦争や騒乱の到来さえひそかに待ち望むのである(142頁)。
このようにして、富裕で有力な人びとはそれだけで感嘆され崇拝される一方、貧乏は軽蔑され無視される。この性向が社会の身分と階級秩序を確立し維持するのだが、しかしスミスによれば、ここに「道徳感情の腐敗の大きな、そして普遍的な原因がある」(163頁)。 富と地位とがそれだけで「英知と徳」の有無に結びつくものとされてしまう。英知と徳への道こそが道徳の一般的諸規則の目指すべきところであるとしても、富と地位への欲望がこの道から乖離する。ことに、上位の地位にある者たちは自動的に尊敬を受けているから、少々の悪徳と愚行は大目に見られがちである。正義の法を蹂躙しても、貧しい人びとなら厳罰を免れないのに、彼らはその地位ゆえに見逃されることができる。スミスはこれら上位の者たちにおける地位と徳との乖離を、あけすけな筆遣いで指摘している。「王侯たちの宮廷において、地位ある人びとの応接室において、成功と昇進とは、理解力があり豊富な知識をもった同等者たちの評価にではなく、無知高慢で誇りの高い上位者たちの気まぐれでばかげた好意に依存するのであって、そこではへつらいと偽りがあまりにしばしば値うちと能力にまさる。そのような社会では、喜ばせる能力のほうが、奉仕する能力よりも尊重される。」(168頁)
ところが、「中流および下流の」地位にある人びとにとっては、「徳への道と財産への道は、幸福なことに、たいていの場合にはほとんど同一である」とスミスはいう。これはピューリタン倫理の賜物に他ならないとマックス・ウェーバーなら指摘するかもしれないが、スミスの説明は自然本性を重視している。真実で堅固な専門職としての能力が、彼らの場合は慎慮、正義、不動、節制の行動と結合して彼らを成功に導く。上位の者に比べて、彼らは法律を無視するほど有力ではなく、正義の諸規則を遵守するようにたえず威圧されている。彼らの成功は隣人と同輩の好意と好評に依存しているから、規則正しい行動がなければよい評価はめったにえられないのである。一般的諸規則が本来の規範的意義を発揮するのはこの集団にたいしてである。要するところ、「正直は最良の方策」という諺が、中流と下流の地位にある人びとには当てはまる。そして「社会の善良な風俗にとって幸運にも」、この地位の人びとが人類の大部分を占めている。
専門職とはもともとは神学・法学・医学の職業のことを指していたが、スミスがここで推奨するのはこれに限らない。『国富論』をも考慮に入れれば、なによりも生産的労働に従事する階級、つまり資本家と賃労働者を指すものとみなしていいだろう。当時、労働者は貧乏人(poor)と扶助を要する困窮者 (pauper)が区別されていたが、スミスがいう労働者は当然前者である。この境遇にある者たちが、いまや「人類の大部分」を占めている。虚栄心と野心とが彼らを駆り立てて、絶えず現状からの上昇志向を生む。とりもなおさずこのことが、期せずして、財産への道を英知と徳への道に近づける。自らの知識と勤勉に頼るとともに、他者たちによる承認と正義の法の監視のもとでしか、彼らの成功はありえないからだ。
してみれば、他人に同感し他者たちによる是認を求めて始められた私の道徳感情の遍歴史は、現実的にはまさしく生産的労働の遍歴史であったであろう。その果てに、生産的労働に従事する者たちの集団がいまや人類の圧倒的多数派である。そればかりか、この集団は疲れを知らない勤労(industry)に促されて運動を続けており、集団の道徳体系はますます世間の主流として形を整えていくであろう。もとより、彼らが良俗についての一般的諸規則を制定したのではない。これは上流階級の人士が明文化したものであったかもしれない。一般的諸規則とスミスがいう体系は調整され、事実上、富と徳の間を揺れ動きながらも勤労諸集団の道徳へと収斂していくであろう。『国富論』ではくどいほどに、排他的特権を非難して一国の富の源泉は生産的労働にあると主張したスミスである。市場で富を生み出す階級はまた、市場社会の感情交換を通じてこの社会の道徳的規範をも形作っていくであろう。これは「神の諸法」とは比すべくもない。自分の好みに合致するというわけでもない。でも、アダム・スミスは、勤労階級の利己心の運動が晶出する「自然的な自由と正義の体系」が、神の法に近づいていくことを信じていたであろう。
同時代の政治思想家の場合と違って、アダム・スミスでは、世間の道徳的絆の成立が契約関係によるのでないことは注目に値する。理性の哲学と自然の学説の違いをスミスは終始意識している。勤労階級では富と徳への道が一致するといっても、見てきたように彼らの虚栄心が称賛を求め処罰を恐れるがために、仲間と世間の目を絶えず気にして、おのずと選ばれるであろう規範体系である。したがって、自由な個人による白紙の契約と違って、市場社会へと生成途上にある現実の世間が、スミスの議論に与えられた暗黙の条件であった。市場社会は新たな、全人民的な経験になっていたであろうが、無から出現するわけはない。『道徳感情論』が示すのも、種明かしをしてしまえば、ブルジョアとプロレタリアートに共通する道徳として生成途上にあるルールであった。イギリス(西欧)という風土とその習俗あるいは宗教がそこに入り込み、逆に道徳規範はこれの伝統を当てにすることができた。それが世間であり世間の眼であった。スミスのいうモラルすなわち「良俗」や「善良な風俗」がこれであった。
その三 労働の解体
主体性
私は一九六八年の叛乱の主役を大衆、すなわち貧しい主体性と呼んだ。このことはすでに冒頭に書いたところだが、「貧しい」も「主体性」も思えば誤解の避けがたい言葉である。私としては、新たに政治に登場した個人の振る舞い方を、アダム・スミスが前提にしたような勤労階級とこれに編成される利己的な個人に対比したつもりであった。背景には他の事情もあった。若いころのマルクスが想定した本源的労働と疎外された労働では、どちらが労働の「主体」であり「化体」であろうか。廣松渉の譬えでいえば、どちらの労働が「狸」であり、どっちが狸の化けた「ぶんぶく茶釜」であろうか。資本主義的生産労働という外的条件が取り除かれるなら、本源的労働という主体(狸)が取り戻せる。これが労働の自己疎外論であった。これにたいして、『資本論』時代のマルクスは、明らかに現実の労働者の在り方のほうが狸だと考えるようになる。アダム・スミスの勤労階級の延長にある労働者階級である。それゆえに、叛乱者として新たに政治に登場した大衆の主体性は、スミス的でないとともに、後期マルクスが考えた労働の主体でもないのだった。むろん、本源的労働の主体が回復したのでもない。主体がこの意味で二重に解体した社会で、噴出したのは自然への飢餓であった。
今日の社会の労働をみれば、なおのことというべきであろう。労働という主体の解体は政治の主体ばかりか、広くこの社会の基底を脅かしているように思われる。解体の有様が世の中に広く議論を呼び起こしている。労働が壊れており、労働を壊している。不況に直面した我が国の企業経営者の「利己的な」振る舞いはいささか行きすぎだったと思うが、結果はおそらく一時的な現象ではないのだろう。このような労働の現在を前提にして、大庭健が「いま、働くということ」の意味を問うている。大庭によれば、そもそも人は「そのつど他者にたいして何者かである」ような、社会的な対他存在である。このような人びとが協業としての労働に従事している。労働は、だから、協業においてそれぞれの役割を遂行しながら、自然に働きかける活動である。逆にいえば、労働することを通じて人はおのれが対他存在(類的存在)であること、自分の社会的役割を発見し確認する。大庭は以上の労働観を丁寧に説明しているのだが、本稿の流れでいえばここまでは、マルクスのいう本源的労働のことだと要約していいだろう。ところがいうまでもなく、協業の仕組みは歴史的に変化する。市場社会の労働が支配的になり、労働力までが商品として扱われる。「労働の意味」が見失われる。マルクスのいわゆる労働の自己疎外である。この現実を映して、近代思想は独立した個人が主体だと表明するようになった。個人ならぬ孤人である。近代経済学のいう「経済人」も同様である。
そして、市場社会が世の中を覆うようになると、生きていくことは自分だけが所有する身体と能力を活用して、各自の欲望を搾り取るプロジェクトだと考えがちになる。大庭がこう指摘している。生きることが私有化され、間柄にあること(役割遂行)という労働の意味も見失われる。自己責任、自己決定、あるいは自己統治の掛け声に煽られて、自分であることの孤立と不安はとめどない。先に「セラピー文化」のことを取り上げたが、これはいわゆる癒しとかケアの技法とは違う。セラピストとの契約に合意したうえで、クライアントは「他者」を買うのである。他者セラピストという「外部」を設定して、外部評価を参照しながら自己を調整する。セラピーという練習を経て、再び世間における自己決定の試練を乗り切らねばならない。
とはいえ、個人がかように孤人であるとすれば、たとえばアダム・スミスの市場社会は成り立たない。スミスの主張するところでは、この社会はたしかに幸福と快適さには劣るし、責任感や感謝で結ばれているわけではないが、それでも「社会は依然として維持されうる」。今日の労働の在り方において個人が孤人であるということは、しかしまさしく、このような社会が解体していることを物語っている。私はこの四半世紀の世界で最も影響を与えた思想は経済成長だと書いたことがあるが、経済成長思想とは今日の主体の欲望の姿である。たんに、資本の運動としてのグローバリゼーションでも、そのイデオロギーとしての新自由主義のことでもない。新自由主義は市場第一主義だというが、アダム・スミス的にいえばこれはむしろ市場社会の破壊である。新自由主義が実際に行っていることは、国家ごとばらばらの権力行使の出鱈目である。市場主義を唱えるのであれば、労働の編成からして再建しなければならない。
労働の外部?
最近の労働論としてもう一つ、今村仁司の『近代の労働観』(岩波新書、一九九八年)を取り上げる。「働くことの意義」とか「労働の喜び」とかは、一七世紀西欧に始まり今日まで貫徹しているイデオロギーだというのが、本書を貫く今村の見方である。わずか一〇年前の書物であるが、最近の大庭健の労働論との印象の違いは著しい。両者をここで対比したいのではない。私が興味をもったのは、今村が本書で引用している労働者の意識調査のことである。この調査は「労働の喜び」を主題にして働くことの意義を労働者に答えさせたもので、ドイツで一九二〇年代の半ばに行われた(ド・マン『労働の喜び』、一九三〇年)。対象の多くは労働組合から派遣されてフランクフルト大学付属の学校で学ぶ学生で、ド・マンはここで産業心理学を教えていたという。ドイツの労働組合が最も強力な時期であるが、社会民主党だけでなくキリスト教系の組合から来た労働者も含まれていたらしい。対象者は全部で七八人、そして今村は労働者たちの回答を逐一要約引用している。いまこのうちから労働の喜びに肯定的なものと否定的なものを任意に拾ってみると、こんな具合であった。括弧の部分は今村のコメントである。
鉄道労働者(男・二三歳) 喜びなし
理由― 退屈な労働、低賃金、上司のしめつけ、出世競争の環境。しかし仲間とのつきあいがあるときだけ苦痛が軽減する。
[あとで何度も出てくるが、上司のしめつけとか上司が権威的にふるまうことを非難する言葉は、自分の価値を評価してもらえないいらだちをひそかにもらしている。仲間とのつきあいとは、他の仲間から認めてもらえることを意味する。]
機械工(男・二五歳) 喜びあり
理由― 単調であるが、機械をつかう仕事は知的努力を要求するから満足がある。機械に責任をもち、よい仕事をして責任を果たせるから。労働の喜びが生まれる要素は、よい仲間関係、各人の仕事への相互的な人間的関心があること、上司とのよい人間関係、唄ったりおしゃべりする自由があること、ものを考える自由があることだと思う。
[「よい仲間関係」というのは、他のメンバーが自分を仲間として待遇してくれると期待する言葉である。相互の人間的配慮というのも同様であり、各人は自分の評価を自分でするのではなく、他人に委任している精神状態にある。他人が仲間として認めてくれないなら、挫折感を味わうであろうし、他人に憎しみを向けるだろう。嫉妬やうらやみと同じ心の動きである。]
見られるとおり、また今村のコメントが評するように、労働の喜びの有無といってもこれは働くことそのものの意味ではない。労働を喜びと感じさせるのは他者の承認を求める欲望であり、欲望がかなえられないと労働は苦痛である。今村によればド・マンの調査結果はこの点でほとんど例外がない。これを今村は労働の「対他欲望」と名付けており、ヘーゲルの主人・奴隷関係の弁証法を引き合いに出している。先に取り上げた大庭の言葉では、同じことが「相互承認」と呼ばれていた。ここでもまた、働くことの意味が人間の間柄(役割)存在におかれているのは印象的なことである。そして今村はこれをさらに「虚栄心」と言い換えてパスカルの『パンセ』を引いている。人間は自分だけで満足せずに、「他人の中で仮想の生活をしようとし、そのために外見を整えることに努力する。」「虚栄はかくも深く人間の心に錨をおろしているので、兵士も、従卒も、料理人も、人足も、それぞれ自慢し、自分に感心してくれる人たちを得ようとする。そして哲学者でさえ、それをほしがるのである。」つまりは「働く」人たちは誰もが、虚栄のとりこになっている。
だが、思い返せばアダム・スミスこそ、虚栄心にもとづく対他承認の欲望が社会をそこそこ維持し、繁栄させるのだと考えたのだった。今村の議論では、しかし、虚栄心の満足という欲望は大衆消費社会ではさらに昂進して、労働は有用性という実質を抜き取られて、たんに社会的地位を顕示するための記号となってしまう。商品が記号として消費されることに対応している。こうして、労働のなかに喜びがあり人生の意義は労働にあるという近代の労働の聖化は、ますますイデオロギー的な思い込みに過ぎないものとなっている。今村はこのように論じているのだが、私はスミスから今日の労働までを虚栄心の一本道でつなぐことに疑問をもつ。人間の虚栄心は社会の原動力であり、またありのままの虚栄心には世間の目という歯止めがかかるのだとスミスは考えた。今日の社会はこの歯止めを失っているのであり、社会が失ったものを思考することが必要である。そうでなければ、労働の解体という現状を放擲しておいて、労働の外部に生きがいを求める風潮をますます加速するほかないであろう。
実際、今村はド・マンの調査結果から二種類の対他欲望を区別している。労働者たちが表明しているのは、一方で上司などの評価に関わる職場内の労働の喜びあるいは苦痛、そして他方で、組合活動や宗教活動など労働の外部に生きがいを見出すということである。そして後者、私的利害を越えた人間関係のなかに人生の充足を期待する「公共空間での承認欲望」だけが、対等な人格の相互承認につながる。今村はアルカイックな社会の例を挙げているが、そこでは生産労働(この場合は畑作)に従事するのは日に三時間、人びとは残りの時間をその日の仕事の出来栄えの品評会をやって過すのだという。今日の社会も史上かってなかったほどに労働時間が短縮され、労働からの解放(余暇)を可能にしている。この自由の時間に同僚たちと共に公共的討論空間を創出して、天下国家を大いに論じることが現代人の課題である。「生活を労働生活にするのか、それとも非労働と無為の生活をとるのか。労働人間で満足するか、自由な人格として共同の事物を思考し、ひいては人間存在の意味を考えながら生きるのか。そうした選択がいまやわれわれに課せられている。」(191頁)
いまでは、今村仁司のこのような結論を聞いて、いささかならず白けてしまう読者は多いに違いない。本書の刊行からわずか一〇年足らずで、労働論が今日では一変してしまった。労働の外部に生きがいと自己実現を求める風潮はますます強まっているが、外部は天下国家を論じるところではない。『心の習慣』の著者たちにいわせれば、労働の外部はライフスタイルの飛び地、あるいはセラピーということになるであろう。あるいはまた、大庭健の著書は市場社会が取り残した労働の外部、つまり家事労働とか生態環境の保全に関わる仕事に、働くことの新たな意味を見出すように勧めている。これもまた市場社会の相互承認や対他欲望の外部である。そういうところに、労働論がいま追い込まれている。
かつて、宇野弘蔵がこういった。「『資本論』でマルクスは、例えば労働日でも賃金論でも、階級闘争として論じようとするんだが、労働力商品化が前提されると階級闘争は背後にかくれるのです。なぜなら商品の売買なんだから外形的には階級がないわけです。それをマルクスは何か階級闘争というのを言わずにいられなかった。」(『情況』、一九七一年五月号)しかし、階級闘争は別としても、アダム・スミスもまた階級ということをいわずにいられなかった。たしかに、スミスはたとえば労働組合など知らなかったし、知ったとしても労働者による労働市場の「独占」の一形態としてこれを非難したかもしれない。だが、宇野弘蔵の経済学に反することだが、市場社会はかつても今も労働の編成を欠いてはありえない。編成の仕方が国の文化や伝統ごとに特有だというにすぎない。スミスの市場社会も無地の上に結ばれた契約社会ではなかった。道徳的な社会の絆が暗黙のうちに信を置いていたのが、一〇年やそこらでは変わるはずもない社会の習慣であり、具体的には労働の編成の仕方であった。浮足立つことはない。資本の側であれ労働者の立場であれ、われわれの社会がどのような労働の編成のもとに成り立ってきたのか、それをどう壊してしまったのか、労働論の中で問われなければならないと思う。